撮影地メモ:浅草〜とうきょうスカイツリー(その3:隅田川橋梁東側から)

↑浅草駅

その1
・(別ページ) 吾妻橋交差点
・(別ページ) 吾妻橋
・(別ページ) 隅田川橋梁(右岸下流)

その2
・(別ページ) すみだリバーウォーク
・(別ページ) 言問橋
・(別ページ) 隅田川橋梁(右岸上流)

【その3】

■ 隅田川橋梁(左岸上流)

■ 枕橋

■ 隅田川橋梁(左岸下流)

とうきょうスカイツリー駅


東武スカイツリーラインの撮影地一覧


 

隅田川橋梁(左岸上流)

■上り(浅草方面)列車
 
【メモ】

隅田川橋梁のすぐ北側には堤内へ降りるための階段があり、テラス状になっている。目の前に1本の桜がある。桜の時期に運転される「さくらトレイン」は目の前にある架線柱を目標に一時停車するので、絡めて撮りやすいものの、顔 停車時は顔が架線柱で隠れやすい。

・備考:

◆東側から

北千住方向 浅草方向
 

↓橋梁脇からの公園への入口。すぐ横にすみだリバーウォークの東側入口がある。


↑ページトップに戻る



 

枕橋

■上り(浅草方面)列車
浅草方向 北千住方向
 
【メモ】

隅田川橋梁からとうきょうスカイツリー駅までの間、東武の高架は北十間川に沿って進む。川にかかる橋のうち最も隅田川寄りの橋が枕橋。

ここから東を見れば、東武の高架の背後にそびえるスカイツリーがよく見える。ここから東にも橋はいくつかあるが、あまり近いとスカイツリーが全部入らなくなる。

・備考:枕橋の由来について。もともとこの橋は江戸時代に源森橋と呼ばれ、またすぐ北側の水戸藩屋敷(小梅邸、東武高架の北側の公園がそこらしい)へつながる別の水路には新小梅橋という橋があった。男女のような橋の名で、夫婦が枕を並べるかのようであったため、二つ合わせて枕橋と総称された。水路は埋立られ新小梅橋が無くなったのちの明治になって、本橋が枕橋と正式に改名。源森橋の名は東隣の橋に与えられた。…あれ、現在の源森橋の元の名はなんなのだろう。現在の源森橋が最初に架けられたのは昭和3年っぽいので、空いてた伝統の名をつけた、ということか。現在の源森橋はいったん架け替えられているので、名前も構造も2代目となるらしい。なお源森の名は、下を流れる北十間川のうち大横川から隅田川の間をかつて源森川と呼んでいた(大横川以東と以西は1672年から1885年まで洪水防止のため堤で仕切られ、別の川であった)点で共通する。どちらが先かはわからないが…

◆東側から

 

↑写っている水門は源森川水門という

北側から 南側から

 


↑ページトップに戻る



 

隅田川橋梁(左岸下流)

 
【メモ】

隅田川の左岸堤防から。真上が首都高の高架で、その間から。

・備考:

◆東側から

 


↑ページトップに戻る



東武スカイツリーラインの撮影地一覧(浅草〜北千住)